長野県佐久市住民投票

[立憲主義と国民主権を確保するために、主権者・国民がとるべき道]連載 第1回


[立憲主義と国民主権を確保するために、主権者・国民がとるべき道]

連載 第1回(全3回)

集団的自衛権の行使を是とした「安保法制廃止」のために、2016年夏の参院選挙で自民党・安倍政権を打ち負かそう──反安倍勢力からはすでにそういう声があがっていますが、年明け以降は一気に「選挙モード」に突入し、野党+市民グループによる候補者調整が具体的に進むものと思われます。
〈憲法違反の「集団的自衛権の行使容認。安保法制成立」を撤回させて廃止するために、安倍政権に代わる政権の樹立を。そのために次の参院選、衆院選で自公の獲得議員を減らしましょう〉──そんなふうに考え、国民に呼びかけるのは尤もなことで、私も、「安保法制」のみならず「原発再稼働」「辺野古の基地建設」に反対する議員を増やす選挙にすべきだと考えています。ただし、「集団的自衛権・安保法制」のことで、理解しておかねばならない本質的なことがあります。それは、現政権を支える政党・勢力が次の参院選挙で議席を減らそうが増やそうが、「集団的自衛権の行使容認。案保法制成立」が憲法違反だという事実は変わらないということです。だから、彼らが議席を減らさなかったとしても、違憲の閣議決定や立法が合憲に転ずるわけではありません。「集団的自衛権の行使容認。安保法制成立」は憲法事項であり、本来は条文改正(改憲)をすることなく行えない立法です。なので、

2014年に集団的自衛権の行使容認が閣議決定された際、そしてそれ以降ずっと(立憲主義・国民主権を侵すことになるので)「どうしても集団的自衛権の行使を容認するなら憲法9条を改正してやるべし」という指摘、警告が元内閣法制局長官や著名な憲法学者からなされたのです。しかしながら、安倍政権はそうした声を無視し、改正の手続き、つまり衆参各院3分の2以上の賛成議員を必要とする国会での憲法改正案の発議と国民投票による主権者の承認を経ることなく、国会内多数派による解釈改憲によって安保法制を成立させました。
それこそが国会議員による違憲行為であり、そのあとの選挙で多数を制したとしても、立憲主義・国民主権の観点から許されるものではありません。それが許されるのは憲法96条と国民投票法に則った9条改正の是非を問う国民投票で彼らの案が多数を制した時だけです。選挙で安倍政権に打撃を与えたいと強く思うのはいいですが、自民党や公明党が議席を減らさなかったら解釈改憲による「安保法制成立」を国民が認めたことになるというインチキの理屈の中に巻き込まれてはいけません。この問題に決着をつけるのは政党でも政党所属の国会議員でもなく、私たち一人ひとりの主権者・国民なのです。とるべき道は以下の二つのうちの一つ、あるいは両方だと考えます。

[1]憲法改正の是非を問う国民投票とは別の「集団的自衛権の行使容認。安保法制」の是非を問う国民投票法を制定した後、次の参院選もしくは衆院選の際に、選挙と同時にその是非を問う国民投票を実施する。法的拘束力のない諮問型とはいえ、内閣も国会も投票結果については最大限尊重するという約束の上で実施する。反対多数となれば、集団的自衛権の行使容認の閣議決定は破棄し安保法制も廃止するのが筋。9条で謳う徹底した平和主義は守られ、解釈改憲によって侵害されている立憲主義・国民主権は回復する。逆に、賛成多数となれば、徹底した平和主義は損なわれるが、侵害されている立憲主義・国民主権の回復はなされる。

[2]次の参院選、衆院選の後に、自民党を中心とした公明党・おおさか維新などの院内勢力が、衆参各院3分の2以上の議席を得た場合、彼らが、憲法96条及び憲法改正国民投票法の規定に則り、集団的自衛権の行使を容認する9条改正案の発議を行う。そして国民投票によって主権者がその改正案の是非を決める。反対多数となれば、集団的自衛権の行使容認の閣議決定は破棄され安保法制も廃止。徹底した平和主義を謳う9条及び立憲主義・国民主権は回復する。賛成多数となれば、現行9条は葬り去られ徹底した平和主義を廃することになるが、立憲主義・国民主権は回復する。
 
私はまず[1]の道、つまり現行9条下での「集団的自衛権の行使及び安保法制」の是非を一人ひとりの主権者に直接問う国民投票を、次の参院選挙あるいは衆院選挙と同時に実施すべきだと考え、これを提唱しています。選挙は公職選挙法に基づくいつも通りのルールで実施し、国民投票は前述の国民投票法に則ったルールで実施する。当然のことですが、同じ投票所に選挙用の投票箱と国民投票用の投票箱を据えることになります。

この提唱についてはいろいろな疑問や批判があります。このあと、その一つひとつに答え、詳しく説明します。

[Q.1安保法制の是非については、国民投票なんてしなくても、それを最大の争点にして選挙で決着をつければいい。実施の必要はないのでは?

[答]の参院選挙でも衆院選挙でも、「安保法制」が最大の争点にはなりません。最大の争点にすべきですが、そうはなりません。集団的自衛権の行使容認を閣議決定した後の2014年12月の衆院総選挙でも、この閣議決定の是非が争点にはなりませんでした。政府・与党がそれを望まなかったし、投票権者である国民の多くも、景気対策や福祉、医療、外交といった事柄への関心の方が大きかった。それはいつものことであり、次の参院選挙でも変わりはしません。「安保」や「原発」はきわめて重要な案件ですが、選挙で勝敗を左右するテーマとはならないのです。日本のみならず世界に衝撃を与えたあの3.11の原発事故直後の選挙でさえ、多数の国民の投票ポイントは「原発」よりも景気・経済対策でした。

[Q.2そうだとしても、日本で制度化されている国民投票は「憲法改正」だけで、それ以外の国民投票はできないですよね?

[答]いいえ、できます。たしかに、いま制度化されているのは、憲法96条や憲法改正国民投票法の規定に則った「憲法改正」の是非を問う国民投票だけで、一般的な案件を対象とした国民投票は法的な規定がなく制度化されていません。しかしながら、「安保法制・国民投票法」を制定すれば、法的拘束力のない諮問型の国民投票なら実施することができます。いま制度化されていなくてもやれるし、憲法を改めなくても現行憲法下でやれます。
日本ではリコール(首長・議員の解職、議会解散など)の是非を問う住民投票に関しては、地方自治法によって制度化されていますが、一般的な案件についての住民投票の規定は憲法や法律に定められていません。にもかかわらず、これまで(リコール以外のテーマで)415件以上の住民投票が実施されています。リコールのように制度化されていなくとも、住民投票条例を制定すれば、「法的拘束力のない諮問型」ならできるのです。各自治体が制定した住民投票条例には「投票結果について、市長及び議会は、これを尊重する」とか「尊重して行わなければならない」といった記述が盛り込まれています。現状、日本で国民投票をやるなら同様の「結果に法的拘束力はないが、行政府や立法府は最大限尊重する」というルールで実施されることになります。

[Q.3]ということは、やれるとしても法的拘束力のない国民投票なんですよね。それでは、たとえ反対多数となっても内閣や国会は安保法制を廃止する義務がない。結果を無視し、尊重するという約束を反故にするかもしれない。そんな国民投票をやっても意味がないですね。

[答]それは違います。意味はある。先ほど紹介した日本における415件以上の住民投票は、いずれも法的拘束力のないものでしたが、その95%以上が投票結果を最大限尊重する行政・立法措置をとっています(例えば、長野県佐久市、埼玉県北本市、茨城県つくば市等々)。もし、結果が反対多数となっても安倍政権がそれを尊重しないという姿勢をとれば、政権支持率、自民党の支持率は急落し、政権交代となるでしょう。その代わった政権が投票結果を尊重する行政・立法を行えばいいのです。連載 第2回に続く

 ◆9条瀕死の主たる理由は、歴代政権が進めた再軍備のための解釈改憲を国民の多数が9条を支持しつつ「大人の知恵」だと黙認してきたことだ。それを理解し、立憲主義と国民主権を確保する道をとるべしその歴史や理由を詳細に解説。今こそ理解して戴きたい。メールを下さればサイン本をお届けします。info.ref.jp@gmail.com
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