イギリスのEU国民投票Q&A
6.23にイギリスで実施される「EU離脱」の是非を問う国民投票の結果は、ヨーロッパはもちろん日本を含め世界中に大きな影響を及ぼすことになる。もし「離脱多数」となれば、第2次世界大戦以降、非戦のために一つのヨーロッパを作ろうとした欧州各国の志向が低下する可能性も出てくる。
・では、なぜこのような国民投票が実施されることになったのか?
・この国民投票はどういったルールで行われるのか?
・残留・離脱どちらに投票するのかを決めるポイントは何?
・結果によって、イギリスはどう変わり、EUはどう変わるのか?
そういったことについて解説する。
Q.1 そもそもEUって何ですか?
EUはEuropean Unionの略称で、日本語では欧州連合と訳されている。
欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)としてスタートしたときの原加盟国はベルギー、西ドイツ、フランス、イタリア、ルクセンブルク、オランダの6カ国。それから63年余りの歴史を経て現在の総数は28カ国。最新の加盟国はクロアチア(2013年加盟)。
1991年12月、欧州共同体(EC)加盟国間での協議がまとまり、92年2月に調印、93年11月に発効した欧州連合条約は、会議の開催地の名をとりマーストリヒト条約とも呼ばれている。この条約を基に欧州連合(EU)が設立された。
EUは人間の尊厳、自由、民主主義、平等、法の支配、マイノリティに属する権利を含む人権の尊重という価値観を保持している。それは多元的共存、反差別、寛容、正義、男女間の平等などで、加盟国に共通するものである。したがって、かつて「死刑制度」を有していたトルコはEUに加盟するためにこれを廃止した。また憲法で「離婚」を認めていなかったアイルランドもこれを改正することによってEU加盟を果たした。
欧州連合条約発効前の1986年にEC12カ国により調印され、翌年発効した単一欧州議定書によってEUの市場統合が実現した。また欧州諸国間で人々が自由に国境を越えることを認めるシェンゲン協定※が締結され、道路や鉄道、空港でのパスポート検査が廃止されるなど域内での国境検査を撤廃。また、不法移民への対処や国境を越える犯罪に対する加盟国間の協力について取り決めた。
※EU加盟国のうち、イギリス、ルーマニア、ブルガリア、アイルランド、キプロス、クロアチアを除く22カ国が加盟。EUに加盟していない国々から、スイス、ノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタインの4国が加盟。2005年のロンドン同時爆破テロ事件により、国境審査の復活を主張する声が強くなり、15年11月のパリ同時多発テロ事件後には、人々がEU域内に入る際の国境管理をさらに強化することで合意した。
Q.2 EUにきしみが…。 国民投票の争点は?
単一通貨ユーロの導入、域内の国境開放、域内の労働力の自由な移動等々、近年、EUの基本的な功績と理念が脅威にさらされてEU諸国の結束にきしみが生じている。加盟28カ国は互いに対立することはあっても共通の課題への効果的な対策を見出せないでいる。それは、主として下記のような状況を背景に起きている。
- EU加盟国の大部分は高い失業率と持続不可能な財政を伴う不況に陥っている。
- 中東の諸問題により数十万もの人々が難民という形で欧州に押し寄せてきている。
- 政界では、複数の国で極端な右派・左派の政治家が台頭している。
こうした危機が強まっているにもかかわらず、EUが有効な対応策を打ち出せずにいるため、加盟国の中には今後EUを離脱し単独で行動したいと考えるところが増えるだろう。英国での離脱派の急増はその表れだ。
今回の国民投票の争点は主として5つ。
① 移民流入 ② 雇用・労働 ③ 経済 ④ 農業・漁業 ⑤ 外交・安保
①と②は密接に関係しており、主要な争点の中でもこの問題が最も投票権者の関心を呼んでいる。少なくないイギリス人労働者が、自分の給料が下がったのは東欧などから流入してきた移民労働者の低賃金に引っ張られているからと考え、彼らに対して「嫌悪、憎悪」の感情を抱くようになっている。
③と④については、EUに加盟していることの恩恵(関税がかからないとか)を理解しつつも、「キュウリの曲がり具合」に象徴されるようにEUによるありとあらゆる分野での規制が大量で細かいことに嫌気をさし、あまりに官僚的でやってられないという声もあがっている。
この争点について毎日新聞(06.12付)が簡潔にまとめたものを紹介しておく。
Q.3 イギリスだけが何で国民投票を?
EU絡みの国民投票の実施は、実は今回のイギリスだけではなく、いくつもの事例がある。1973年、イギリスはヨーロッパ共同体(EC)に加盟したが、2年後の75年に第2次ウィルソン内閣(労働党)はECに残留すべきか否かを問う国民投票を実施。大差で残留が承認された。また2004年10月にEU憲法条約が調印された際、この憲法条約の超国家主義的な性格に対して、加盟国の個々の主権が脅かされるのではないかという不安から、フランスでは条約を批准すべきではないという声が強まる。これに対してシラク大統領は、条約批准の是非を問う国民投票を2005年5月に実施。その結果、反対多数という衝撃的な結果となった。その翌月にはオランダでも同様の国民投票が行なわれ、これまた批准反対が多数という意思が示された。こうしたことからEU憲法条約は見直しを迫られ、2007年12月に超国家主義的色彩を薄める形で改められ、リスボン条約として調印された。
このリスボン条約について、アイルランドは2008年6月に条約を受け入れるのに必要な憲法改正の是非を問う国民投票を実施。反対票が多数を制した。条約発効のためには全加盟国の批准を要し、窮地に立たされた欧州理事会は、他の加盟国での批准手続きを進めつつ、アイルランドに再度国民投票を行うことを求めた。こうして2009年10月に再び実施された国民投票では賛成が反対票を大きく上回り、憲法改正とリスボン条約の批准が決定した。
このほかにも、1994年にオーストリア。2000年にデンマーク。2001年にスイス。2003年2015年にスウェーデン等々EUやユーロをテーマとした国民投票はいくつも実施されている。
イギリスでは2010年の総選挙で労働党を破った保守党が政権に返り咲いたが、同時に、EUの在り方を厳しく批判してEUからの離脱を訴えるイギリス独立党が勢力を拡大し、保守党内の支持者を奪うような形になった。こうしたことから、保守党内に相当数存在したEU反対、懐疑派の議員はEUからの離脱を公然と主張しはじめ、党首であるキャメロンに対して「EU離脱の是非を問う国民投票を実施すべきだ」と強く求めるようになった。2011年(「選挙制度改革」の是非を問う国民投票を実施したこの年に)EU離脱の是非を問う国民投票を求める主権者の署名(10万筆以上)が政府に提出されたのも、こういう流れに沿ったものだと考えられる。
2013年1月、保守党の党首キャメロン首相は、2015年の総選挙のマニフェストとして、イギリスとEUとの関係について再交渉した上で、イギリスがEUを離脱するか否かの国民投票を2017年末までに実施すると発表。2016年2月、6月23日を投票日とすることを決めた。間接民主制の選挙の争点にするのではなく、直接民主制の国民投票で決めるとしたのは、政権与党の保守党内で意見が二つに分かれているという事だけではなく、離脱の是非はイギリスおよびEUの未来に大きな影響を及ぼす極めて重大な案件だったから。キャメロンのその決定について批判的な国民は少数にとどまっている。日本のリベラル擬きのように「国民に決定権を与えると衆愚政治を招く」とか「イギリス人はテレビや有名タレントの言動に誘導されやすいからだめ」なんてことを言う人は、ほとんどいない。
Q.4 どんなルールで実施されるの?
今回の国民投票がどんなルールで実施され.るのかについて要点のみ紹介しておく。
・投票は、英国本土(イングランド、ウェールズ、スコットランド及び北アイルランド)と英国の領土ジブラルタルで実施される。
・投票権は、18歳以上で下記の条件を満たす者に認められる。
①下院選挙で投票権を有する者(英国本土在住の英国籍者、アイルランド国籍者及び英連邦加盟国国籍者。海外在住の英国国籍者で、直近15年以内に英国本土において有権者登録を有していた者)
②上院議員
③ジブラルタル在住のアイルランド国籍者及び英連邦加盟国国籍者で、欧州議会選挙の投票権を有する者
・投票用紙に掲げられた設問。
「英国はEUの加盟国であり続けるべきですか、またはEUを離脱すべきですか?」
掲げられている選択肢は二つ。
「EUの加盟国であり続けるべきだ」
「EUを離脱すべきだ」
[投票用紙]
・組織的な運動を展開する賛否各派の代表グループ(離脱派 Vote Leave/残留派 Britain Stronger in Europe)は、60万ポンドの運動資金を受け取れる。この金をチラシやリーフレットの制作費、ウェブサイトの制作、管理、運営などに充てることができる。ただし、残留あるいは離脱を訴える彼らの運動に費やすことができる金の総額は700万ポンドという制限がある。
・会議のための部屋、集会のためのホールなど一定の公共物を自由に無料で使える。
・国民投票に関するテレビのPR放送が無料でできる(時間や放送時間帯などは両派同じで)。
・街頭での宣伝活動はもちろん戸別訪問も認められている。
・各政党は得票率によって運動に費やせる金額がの上限が異なっている。例えば、保守党は700万ポンド、労働党は550万ポンドでそれ以上費やしてはならない。
・日本の選挙のときにも「選挙公報」が各世帯に配布されるが、「国民投票広報」に両派の主張がそのまま掲載される。
イギリスでのEU国民投票から学ぶべきこと(その1/全3回)に続く
[シアターセブンでの講演 6/26 14:30~]
※収録DVDがあります。
http://www.theater-seven.com/2016/event_touzainanboku01.html