「イギリスでのEU国民投票から学ぶべきこと(その3)」
日本での改憲発議に絡めて
先週来、姜尚中、内田樹ら名だたる「護憲派」言論人が、安倍改憲勢力の3分の2獲得の現実性の高まりから、こぞって「国民投票は危険だ。やめたほうがいい」とイギリス国民投票に絡めて発言している。だったら憲法96条の規定(憲法改正案は国民投票で主権者の承認を得られなければ改憲不可)をなくしたほうがいいのか?(※それとて国民投票での改憲承認が必要だが)
そうすると、ドイツのように議会の賛成(3分の2以上)だけで改憲ができる。つまり3分の2以上の議員を押さえれば政権は国民投票での主権者の承認なしに何でもかんでも思い通りに改憲できるということだ。それは国民主権(私たちの憲法制定権)を侵すし、改憲を阻止したいという彼ら「護憲派」言論人の思惑にも反する。日本国民を愚かだという護憲派は少なくないが、こんなこともわからないほうがよほど愚かだ。
安倍晋三を中心とする違憲立法容認勢力は、衆参各院で3分の2の勢力を獲得した後、以下の行動に出ることが予想される。
[A]自民、公明、おおさか維新などで先ずは憲法に「緊急事態条項」を盛り込むための改憲発議。改憲を果たした後、自分たちが勝てるタイミングを見計らって9条改憲の発議。
[B]ほかの条項よりも先に、自分たちが勝てるタイミングを見計らって(とっぱしから)9条改憲の発議。
[C]3分の2の勢力を維持したまま、自民党は負ける可能性もある国民投票を避けるために、発議できるにもかかわらず「緊急事態条項」も「9条」も改憲の発議をしないで、集団的自衛権の行使容認、安保法制の既成事実化をいっそう強める。
このうち、[C]は解釈改憲状態の固定化であって、立憲主義も国民主権も平和主義も侵す最悪の道だ。
[A][B]については、国民投票で自民案に賛成多数の改憲成立なら平和主義は侵されるが、立憲主義と国民主権は守られることになる。逆に、国民投票で自民案が多数を得られなければ、立憲主義、国民主権、平和主義の更なる破壊は止められる。破壊の拡大を止められるだけで回復はしない。自民党の改憲案を国民投票で葬ったからといって、違憲の「集団的自衛権の行使容認、安保法制」が残れば事態は変わらないから。つまり、究極の解釈改憲状態が続くということだ。
それで、「9条」について自民党案をベースにした改憲発議がなされたとして、押さえておかねばならないことを以下に記す。
「対案を出せと安倍首相は言うが、私たちはこのままでいいと考えているのだから対案は現行の9条だ。わざわざ違うものを提示する必要はない」
民主党の枝野氏は、先週そう発言した。この発言は尤もなことを言ってるようで、実は大きな「ごまかし」がある。
自民党の9条改憲案
第9条(平和主義) 1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。 2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。 第9条の2(国防軍) 1 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。 2 国防軍は、前項の規定による任務を遂行する際は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。 3 国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。 4 前2項に定めるもののほか、国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事項は、法律で定める。 5 国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に審判所を置く。この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない。 第9条の3(領土等の保全等) 国は、主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない。 |
自民党の改憲案には、戦力としての国防軍を保持し、自衛権の発動たる自衛戦争をやるとはっきり記してある。他方、現行9条は「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。 国の交戦権は、これを認めない。」と明記してあり、まさに枝野氏が対案だと呼ぶにふさわしい内容だ。ただし、大きな問題が潜んでいる。それは、自民党の改憲案は誰がどう読んでも、戦力を持ち自衛戦争もやるとしか解釈できないのだが、現行9条は「戦力」についても「自衛戦争(交戦権)」についても9条護憲派の内部で全く異なる解釈をしているということだ。(自衛戦争などに関する対面調査の結果)http://ref-info.com/j-yoroncyousa/
自民党の改憲案という一つの理念・策に対して現行9条という一つの理念・策があり、主権者・国民がどちらがいいかを選択する。表面(条文)的にはそう見えるが、実は[1対1]の争いにはならず、[1対2]の争いになる。前述の9条解釈で「護憲」側の解釈・主張が1つに統一されれば勝負になるが、2つに分かれたままでは必ず負ける。
私は今回のイギリスでの国民投票を含め、世界中の国民投票、住民投票の現場を取材してきたが、曖昧な主張は公開討論会のようなディベートの場で徹底的に突かれる。大阪都構想のときの5度にわたるテレビ討論は熾烈だった。結局、橋下市長はその生放送の場で、自身の主張の中の「根拠希薄な部分」を反対勢力に突かれて敗れたように思う。
戦力を持つのか持たないのか、自衛なら戦争するのを認めるのか認めないのか。この点について、同じ9条護憲と言っても、辻元清美さんや内田樹さんのように9条下でも戦力を持つことはできるし、自衛戦争なら認められると主張する人もいれば、落合恵子さんや私のように「持たない」「認めない」のが9条だという人もいる。些末なことでの違いは問題ないが、こんな本質的なことでの異なりは、内輪では許されても国民投票での決戦では看過されはしない。
いやいや、護憲派が「戦力」や「自衛戦争」の可否について曖昧にしたままでも自民党の改憲案には勝てる。国民投票で彼らの案を葬ることができるという人がいる。私はそうは思わないが、仮に現行9条派が曖昧な姿勢のままで勝つとしよう。それは、めでたしめでたしかと言うとそうではない。
瀕死の[立憲主義/国民主権/平和主義]の3つの制度、価値から考えてみよう。
もし自民党改憲案が国民投票で多数を制すれば、平和主義は壊されるが、立憲主義と国民主権は皮肉にも息を吹き返す。なぜなら、戦力を保持し戦争をするということが憲法に明記されるのだから、安保法制は違憲ではなく立憲主義を侵したものにはならないし、それを決めたのも主権者である国民自身なので国民主権も守られたことになる。おかしな感じがするかもしれないが、制度に適うというのはそういうことだ。
逆に自民党改憲案が否決されれば、安保法制は違憲なものとして残り、立憲主義は侵されたまま放置される。つまり究極の解釈改憲状態が続き憲法制定権者としての国民の主権も侵されたままということになる。平和主義ついても回復されるわけではなく、毀損されたままとなる。
「では安保法制を廃棄すればいい。そしたら[立憲主義/国民主権/平和主義]のすべてが蘇るじゃないか」
安保法制は廃棄された方がいいが、廃棄されたからといって[立憲主義/国民主権/平和主義]の毀損がなくなるかと言うとそうではない。現行憲法を侵す形での「戦力としての自衛隊」「自衛のための交戦権」が解釈改憲で認められたままだからだ。わかりやすく言うなら、(自民党改憲案が否決されたところで)2014年の集団的自衛権の行使容認の閣議決定前の解釈改憲状態に戻るだけのこと。警察予備隊創設以降この60年余りの間に積み重ねられてきた解釈改憲と9条との間に矛盾はないという欺瞞は解消されはしない。
ならば、どうすれば、[立憲主義/国民主権/平和主義]を回復させられるのか。
その最善の道は、現行9条の本旨(戦力を保持しない、自衛でも戦争はしない)を明確に前面に押し出した上で国民投票で(自民党改憲案に)勝利し、その後、速やかに戦力としての自衛隊の武装解除に着手することだ。
「自衛でも戦争放棄なんてそんな正直な主張では国民投票に勝てない。国民の多数の支持を得られない」と言うなら次善の策として、戦力としての自衛隊を認めつつ、決して国外に出さない具体的な規定を憲法に盛り込むことを条件に、戦力としての自衛隊と自衛戦争(交戦権)を認めることを憲法に明記する。そのための案を作って、自民案、現行9条に対抗する第3案として国民に提案すべきだ。
いわゆる予備的国民投票としてなら、この3択の国民投票を実施することが制度的に可能だ。これは法的拘束力のない諮問型国民投票ではあるが、国民の選択が蔑ろにされることはない。それは、2005年のEU憲法条約の是非を問うフランスでの国民投票や今回のイギリスでの国民投票が示している(共に法的拘束力のない諮問型ではあったが、政権は自らの提案を否決されたにも関わらず結果を遵守した)。
立憲主義/国民主権/平和主義を守るために今すぐとりかかるべきことは2つ。
・メディア(言論、報道人)を使って立法府に働きかけ、テレビCMの制限、政党が運動のために使えるカネの制限など、日本の国民投票のルールをイギリスやスイス並に改善させる(※ココで、イギリス国民投票のルールの詳細を明記)。
・反「自民党改憲案」勢力を一つにまとめる作業にとりかかる。
自民案に勝つために、解釈改憲を否定して立憲主義を守るために、どういう理念や策で1つになるのか。急ぎ円卓会議を開催して何度も議論を重ね、1年以内に1つの強力な対抗グループを形成しなければならない。
この作業はとても難しい。実は国民投票での勝負はすでに始まっていて、この難しい作業を達成できれば勝機を掴めるし、達成できなければ敗戦濃厚ということだ。
この作業は参院選後にすぐ開かないと手遅れになる。なぜなら、時間をおくと、国民投票で勝つための運動ではなく「発議させない運動、国民投票をやらせない運動」が護憲派の中でスタートするに違いないから。それは自由と平和をもたらすのではなく、集団的自衛権の行使容認という究極の解釈改憲を固定化することになるだけ。そして、その状態での戦争という道につながる。そうなれば[立憲主義/国民主権/平和主義]は完全に壊され、回復不能の最悪の状況が生まれるだけだ。